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――夢を見た。

それはいつかどこかの、少女の夢。

平凡すぎて、特筆することなど何一つないような、そんな夢だ。

少女の日常は、平凡なものであった。

与えられた立場からすると驚くほどに平凡で、平凡でなかったのは歳の離れて少し変わった友人がいたことぐらいだろうか。

その友人と無駄に広い中庭で話をするのが少女の日常の一部で、だがやはりそれは平凡の域から出るものではないだろう。

そして夢の光景としてそこに広がっていたのは、そんな平凡ないつかであった。

少女とその友人が話をしている、何の変哲もない日常。

ただ、その日常は平凡ではあったけれど、友人そのものは平凡ではなかった。

黒髪黒瞳。

その色を髪と瞳に持つのは、少女の周りでは友人ただ一人だけだったのだ。

少女はその瞳と髪がとても好きで、友人のことも大好きであった。

だから友人と話をする時間は平凡だったけれど、とても大切な時間でもあったのだ。

もっとも、そうは言っても特別な何かをしていたというわけではない。

先に述べた通りだ。

何の変哲もない、平凡でありきたりな、それでも少女にとってだけは特別な時間であった。

……いや。

平凡だと、そう思っていた、というのが正確ではあるか。

それは、あらゆる意味で、であった。

平凡だと思っていたその時間は、ある日唐突になくなってしまったからだ。

小さかった少女にはよく分からなかったが、どうやら少女の友人は大切な用事が出来てどこかへ行かなくてはならなかったらしい。

その日以後、少女には特別だった平凡なはずの時間が訪れることは二度となかった。

代わりとばかりに周囲が騒がしくなり、少女の日常が平凡なものではなかったのだということを知ったのもその頃のことだ。

両親の顔を一度も見た事がないのも、寝る時に一人なのも、食事を取る時に一人なのも、何をする時にも自分一人なのも、全ては平凡なことではなかったのだということを、初めて知った。

でも別に少女は、それを寂しいと思ったことはない。

少なくとも少女の中では、それは当たり前で平凡なことだったからだ。

けれど、あるいはそれが理由の一つではあったのかもしれない。

自分一人で全てをやってきたから、ではなくて……そんなことすらも許されない人達がいるのだということを、知ったから。

そういう意味でも、少女はやはり平凡ではなかったのだ。

平凡ではない日々を過ごしていたせいか、少女はその国の多くの者達とは、価値観が違っていたのである。

彼らを何とかしたいと、そう思うぐらいには。

もしくは……それは、贖罪だったのかもしれない。

少女は知らなかった。

自分が平凡だと思っていたから、きっとあの友人も平凡に過ごして居るのだろうと思っていたのだ。

だがそうではなかった。

友人は少女にとっての平凡にすら至れず、ひたすらに虐げられていたのだ。

無論、仮に気付けていたとしても、少女に出来ることは何もなかっただろう。

でも、大切な友人だったはずなのに、何も気付けず、何も出来なかったことに違いはない。

だから、どうにかしたいと思った。

それら全てを。

そのための力なんてなかったけれど……それでも。

どうにかしたいと、心の底から、そう思ったのだ。

だから――

――そんな、いつかどこかの夢を見た。

「――へ? どうして、であります……?」

瞬間セシーリアが戸惑いの声を上げたのは、たった今見たばかりの夢が原因ではなかった。

たった今夢を見ていたということを理解しているというのに、目覚めた場所が宿の一室ではなかったからである。

そこは、外であった。

しかも、見覚えのある場所だ。

たった今夢で見ていた場所である。

城の中庭であった。

「これも、夢ではないであります、よね……?」

試しに頬を抓ってみると、普通に痛かった。

さらには手の甲も軽く抓ってみるも、やはり普通に痛い。

間違いなく現実だ。

だがそれは有り得ないことでもあった。

城の中庭に入るには、必ず一度城門から城の中へと入る必要がある。

しかしセシーリアには、城門をくぐった記憶などなかった。

他にも方法はあるのかもしれないが、少なくともセシーリアはそれ以外に行き方を知らず、行き方を知らない方法でここへと来れるわけがない。

何よりも、つい先ほどまでセシーリアは寝ていたのである。

寝ている間にどこかの場所へ移動するような特技をセシーリアは持ってはいないので、ここで目覚めるというのは有り得ないはずだ。

それに、と視線を空に向けてみる。

そこには未だ夜の闇が広がっており、寝入ってからそれほどの時間が経っていないということを示していた。

城の城門は当然のように夜でも閉まっているし、警備の門番も立っている。

というか、むしろ夜の方が警備は厳しいものだ。

夜では城内を警備するにも限度があり、必然的に外を固めるようになるからである。

寝ているセシーリアが忍び込める道理はなく、だが現実問題としてセシーリアは今ここにいるのだ。

「……どういうことであります?」

答えの出ない問いを、それでも冷静に思考するために呟く。

現状は不明にもほどがあるが、だからこそ冷静になる必要があるのだ。

ゆえにその呟きに答えは最初から期待しておらず――しかしその時、不意にその場へと足音が響いた。

即ち、誰かがこの場に現れたということであり……瞬間、まさか、という言葉がセシーリアの頭を過る。

誰にも言ったことはないけれど、セシーリアはこの時間帯が好きだった。

夜が深まり、世界が静まり返り、世界に自分だけが取り残されたような、この時間帯が。

この時間帯にこの中庭でボーっとしていると、まるで夜が形になったかのようにして、友人がやってきてくれたから。

もう友人と会っていない時間の方が圧倒的に長いのだけれど、それでも未だにこの時間帯になると友人に会えるような気がして、だから好きだったのだ。

彼女と初めて会ったのも、そういえばこんな日のことであった。

何となく目が覚め、そのまま冴えてしまって眠れず、中庭にやってきてボーっと空を眺めていたら、彼女が現れたのだ。

そう、今のように――

「――何でお前がここにいるのか、だと? んなの決まってんだろ?」

だが。

当然のように、現れたその人物は、彼女ではなかった。

しかし同時に、見知らぬ人物でもない。

セシーリアにとってある意味でよく知る人物で……だからこそ、驚きを隠す事が出来なかった。

「なっ……!? 何故、であります……!?」

「だから、決まってるって言ってんだろ? お前がここにいるのも、オレがここにいるのも、同じ理由によるものなんだからな。――オレが呼び寄せたからだ。で、そうした理由はわざわざ言う必要はあるか? なあ――我が妹よ」

ベリタス王国第二王子、イザーク・ベリタス。

自分の兄でもある男が、口元に薄い笑みを浮かべながら、そこに立っていたのであった。

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