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魔王の血を継ぐという意味をアイナが正確に理解したのは、きっと王都を魔王が襲撃した後のことだろう。

いや、より正確に言うならば、その真っ只中のことか。

アイナが魔王の姿を見たのは、遠目にだけだ。

ろくにその顔も分からないような距離であり……だが、その瞬間に理解したのである。

なるほど、こういうことか、と。

どこか冷めた自分が真上から見下ろしているような、そんな感覚であった。

そして同時に、理解したのだ。

自分にはアレの血が流れているのだ、と。

ちなみにそれを確かめた時の父の反応は次の通りである。

「ん? ああ、そういえば、言ってなかったっけな」

人が散々悩んでいたというのにこの親は、と思ったアイナは悪くないだろう。

とはいえ――

「というか、普通に気付いてたと思ったけどな」

「……何でよ?」

気付ける要素がない、というつもりで睨んだのに、父は肩を軽くすくめた。

それから、常識を諭すような口調で続けたのである。

「スティナが魔王の血を引いてる、っていうか、魔王の血を材料として作られたってのは知ってるんだろ? ならそのスティナが姉って呼んでるベアトリーチェが魔王とどういう関係なのか、ってのを考えれば自ずと分かることだろ。あいつもなるべくは姉とは呼ばないようにはしてたつもりみたいだが、ふとした拍子で呼んでたし、お前も何回かは聞いた事があるはずだしな」

ベアトリーチェとはアイナの母の名であり、確かに小さい頃ではあるが、スティナが母のことを稀にそう呼んでいた、ということは覚えている。

なのにそこにはまったく結びついていなかったのだから、ぐうの音も出ないとはこのことだ。

言われてみれば、気付いて当然のことであった。

ちなみに、スティナが魔王の血から作られたホムンクルスだということを知ったのは、ソーマ達と共にスティナから魔王城で色々と聞いた時である。

そのこと自体は別にショックでもなく、そうなんだ、程度にしか思わなかったのだが、色々と聞いたことにより完全に意識はそっちにいっていたらしい。

「なんていうか、お前は真面目すぎるっていうか、真面目なのは確かに利点なんだが、たまにそのせいで妙にポンコツ化するよな? 考えすぎて視野が狭くなったり、思考が分散して必要なところに思考を向けられてなかったりな」

とは父の言である。

魔王城を飛び出したこともある意味ではそれが原因なので、これまたぐうの音も出ない。

とはいえ、色々忙しい上に、何があるかは分からないから城には近寄るな、と言われたため、お忍びでラディウスにやってきていた時にひっそりと会いに行ったというのに、何故気がつけば説教じみたものを受けているのか。

――なんて。

「そんなことを懐かしいとか思っちゃうのは、我ながらどうなのかしらねえ……」

確かにもう二年は前のことだから、懐かしいと言えば懐かしいことではあるのだろうが、そう言ってしまうのは何かが違うだろう。

そんなことを呟き、思いながら空を見上げれば、そこには見事な青空が広がっている。

しかし溜息を吐き出したのは、今の気分にその光景が合わなかったからだ。

勝手ではあるが、天気と同じように自分の気分もそうそう簡単には変えられないのだから、仕方がない。

もっとも、だからといってそこでウジウジとしてしまえば、それもまた意味のないことである。

気分を入れ替えるように息を吐き出すと共に視線を下ろせば、そこには見慣れた光景が広がっていた。

訓練場である。

だがいつもであれば人で賑わっているそこは、珍しいことに誰の姿もない。

まるで王都が襲撃された直後のような……いや。

「そう言うには、あたしはその時の光景を知らなかったわね」

その時自分はノイモント家の屋敷でソーマと共にいたのだったと、懐かしいどころか、遥か過去の情景を眺めるようにアイナは目を細めた。

実際そのぐらい昔のようにも思えるし……或いは、今の気分がその時のものと近しかったせいもあるのかもしれない。

ソーマはどうにも、あの時のアイナのことを学院を破壊したことで落ち込んでいる、と考えていた節があるが、実は違うのだ。

いや、それがまったくなかったとは言わないし、それこそ最初の頃はそう思い、手伝うことの出来ない自分を歯痒く思っていたのは事実である。

だがそのうちに、別のことに気付いたのだ。

それこそが、自分の中に魔王の血が流れている、ということである。

より厳密に言えば、それに気付いたものの、すぐに気にしなくなった、ということだ。

それはてっきり、だからどうということでもないし、何より今はそんなことを気にしている場合ではないから、そうなったのだと思っていた。

しかしそれが違っていたらどうなるだろうか。

実際には、無意識下でずっと意識していたのだとすれば。

たとえるならば、そのせいで、学院の攻防での時に本気でやらず、被害が拡大していたとすれば。

その後の掃討戦の時に、無駄に力を入れたことで周囲に余計な被害を与えていたとすれば。

どうなるだろうか。

そんなことをしていたつもりはない。

だがないだけであって、本当にそうだったのかは自信を持っては言えないのだ。

有り得るか有り得ないかで言えば、十分に有り得た。

とはいえそれだけであれば、やはりあの時のことを気にしていただけ、ということになるだろう。

しかしそうではないのだ。

それだけでは収まらないかもしれないのだ。

アイナにはあの魔王の血が流れている。

それは否定しようのない事実であり、その魔王は、ラディウス王国に混乱を招き、ソーマがいなかったらそのまま壊滅していただろうと言わしめた相手だ。

自分もそんなことをすることはないと、どうして言えようか、という話であった。

親が悪ならば子も悪を成すとは限らないし、親のまた親のことであるならば、尚更だろう。

だがそれは、有り得ないと否定出来ることでもないのだ。

ある日そんな気持ちが芽生え実行することがないとは、言い切れないのである。

「……ま、そんな戯言は、思いっきり否定されたわけだけど」

だから父にはポンコツ扱いをされたのだ。

そして考えてみれば、確かに無駄に悪い方に考えすぎていただけだったのである。

否定出来ないなんて言っていたら、誰だって同じことだ。

次の瞬間には誰が何をしたっておかしくはない。

でも。

父に言われたのだ。

自分を信じられないというのであれば、それは仕方がない。

しかし――

「うん? こんな日にまた物好きがいるものだと思えば……なんだ、アイナだったのであるか」

と、聞こえた声に振り返る。

視界に映った姿は予想通りのものではあったが、だからこそアイナは少しだけの努力を必要とすることになった。

考えていた相手がちょうどやってきてしまったので、緩みそうになる口元を少しだけ強く縛り付けておかなければならなかったのだ。

試しに少しだけ口を開いてみて、緩みそうにないことを確認する。

それから、不機嫌そうにも見えるよう眉を立てながら、口を開いた。

「なんだ、とは随分な言い草じゃないのよ……そもそも物好きだって言うなら、あんただってそうでしょ、ソーマ」

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